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たたらの歴史

斐伊川

斐伊(ひい)川は、源を船通(せんつう)山に発し、北流して簸川(ひかわ)平野を形成し、宍道(しんじ)湖に注ぐ全長153kmの大河です。

斐伊川上流地域は非常に良質の砂鉄が採れるところで、古来、たたら製鉄が盛んに行われてきました。鳥取県との県境を流れる日野川、安来市を流れる飯梨川の上流地帯も同様です。この中国山地が我が国の主要な製鉄地域となったのも良質の砂鉄が採れたからからでしょう。

出雲は神話の国と言われますが、中でも斐伊川流域は神話の中心地です。例えば、船通山は、須佐之男命(すさのおのみこと)が新羅のソシモリから降り立った場所だと言われていますし、麓の鳥上(鳥髪)の地はヤマタノオロチ神話で有名な所です。また、河口近くには日本海に面して、大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀る出雲大社、国譲り伝説で知られる稲佐の浜があります。

神話だけでなく、簸川平野の入り口近くの丘陵では、弥生時代の銅剣、銅鐸を多数出土し、日本の古代史に重大な謎を投げかけた神庭荒神谷遺跡加茂岩倉遺跡が見つかっています。


斐伊川と神話・遺跡

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