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たたらの歴史

ヤマタノオロチ

さて、ヤマタノオロチを知っていますか。

ヤマタノオロチは頭が八つ、尾が八つ、眼は赤かがち(赤いほおずき)のようで腹はいつも血でただれ、背中に松や柏が生え、八つの丘、八つの谷にわたるという物凄いオロチ(大蛇)です。この神話は須佐之男命がヤマタノオロチをお酒に酔わせて退治し、オロチの生け贅にされようとした奇稲田姫(くしいなだひめ)を救うというお話です。


ヤマタノオロチ

ヤマタノオロチを製鉄と結び付けて解釈する考え方がいくつかあります。例えば、このオロチの様は、実は山間のあちこちの谷沿いで鉄を冶す野だたらの炎を形容したものでないか、とか、オロチの尻尾から出て来た天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は、後に草薙剣(くさなぎのつるぎ)と改称され、皇室の三種の神器の一つになったことから、当時すでに奥出雲に製鉄が行われていたことを示すものではないかと言われています。さらにヤマタノオロチは古志のヤマタノオロチであり、古志すなわち越の国を本拠とする古代製鉄民族を新羅から渡来した須佐之男命が滅ぼし、新しい製鉄技術を伝えた物語だと解釈する人もいます。

もっとも草薙剣が鉄製であったか銅製であったかは、はっきりしていません。ただ、この地で古くから製鉄が行われていたことは、8世紀の初め(733年)につくられた出雲国風土記に記述があります。同書の一節に仁多郡内(奥出雲)に三処、布勢、三沢、横田の四郷があって、『以上の諸の郷より出す所の鉄、堅くして、尤も雑具を造るに堪ふ。』と記されています。

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