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たたらの歴史

金屋子神

中国山地のたたら場では必ず金屋子(かなやご)神を祀っています。金屋子神の本社は島根県安来市広瀬町西比田にありますが、金屋子神の信仰は中国地方を中心に九州、四国の一部から遠く関東、東北の一部まで広がっています。現在の祭神は金屋子神ではなく、大和の金山彦命、金山媛命になっていますが、本来は金屋子神で、地元では金屋子さんとごく親しく呼んでいます。金山彦、金山媛が祀られたのは恐らく近世以降で、神社の権威を高めるためだったと思われます。

日立金属(株)安来工場でも金屋子神社を祀っています。


金屋子神祭文では、このように言われています。

大昔、金屋子神が高天が原より播磨国志相郡に天降りして、鉄作りを教え、岩石をもって鉄鍋を造られました。これよりその地は岩鍋と言われるようになりました。現在の宍粟郡千種町の辺りです。しかし、周囲に住み賜う山がなかったので、「我は西方を主とする神なれば、西方に赴き良きところに住まん」と仰せられ、白鷺に乗って出雲国能義郡黒田の奥非田の山に着き、桂の一樹に羽を休められ、この地で安部氏に鉄造りの技術を教えられました。

その後、金屋子神は安部氏によって代々祀られています。安部氏は神官としてのみならず、たたら技術の巡回指導も行ったということです。

金屋子神に関連していろいろの珍しい禁忌がありますので、ご紹介しましょう。

金屋子さんは犬と蔦、麻が嫌い、藤は好き

鳥取県日野郡では金屋子さんが天降りされた時、犬に吠えられ蔦を伝って逃げられたが蔦が切れたので犬に噛まれて亡くなった。島根県飯石郡では蔦の代わりに麻苧(あさお)に絡まって亡くなった。仁多郡では蔦が切れたが、藤に掴まって助かった、などの伝説があります。神とは言いながら何とも人間臭いユーモラスな話です。そのような訳でたたらの中には犬を入れない、たたらの道具に麻苧を用いないと言います。また、桂の木は神木なのでたたらで燃やさないとされています。

金屋子さんは女嫌い

金屋子神は女神なので女嫌い、妻が月経の時は夫の村下はたたらへは入らず、産褥の時はたたらを休み、もし仕事の手が離せないなら家へ帰らず生まれた子供の顔も見なかったそうです。村下は特に厳しく、風呂は女の入った後は絶対に入らなかったといいます。

金屋子さんは屍体が好き

金屋子さんが突然亡くなられた時、門弟共たたらをどうすれば良いか分からず、金屋子神に救いを求めて祈ったところ、鉄がどうしても涌かないときは四柱に死体を立て掛けよ(仁多郡)、村下の骨を四柱に括り付けよ(吉田村)と神託があったと言います。他の地区でもたたら場での死の忌みは無かったようです。安芸・山形郡では人が死ぬとたたらの中で棺桶を作ったそうですし、備後双三郡では葬式が出ると、棺桶を担いでたたらの回りを歩いて回ったそうです。

金屋子神が男神か女神かははっきりしませんが、たたら場では女神と言い伝えているようです。安部氏の子孫で金屋子神社の宮司である安部正哉氏によれば「金屋子神は通常女神とされるが、それはこれを祀るのが女(ヲナリ)であったからで、もとは若々しい男神であった」と書かれています。金屋子神の実態についても八幡神、天日槍、卓素、須佐之男命、金山彦命など諸説がありますが、いずれにしろ、金屋の人々が本来信仰していた鍛冶神が金屋子神であり、彼らが金屋子信仰を各地に広く散布し、安部氏がそれを今のように形造ってきたのでしょう。

金屋子神社のお祭りは毎年春は三月の中子の日、秋は十月の初子の日に催されます。昔は比田の金屋子祭りと言えば出雲、伯耆はもちろん、遠い他国からもたたら師や鍛冶屋が参りに来たそうです。

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