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ヤスキハガネとたたら

靖国たたらと和鋼記念館

昭和6年(1931年)に満州事変が勃発し、いよいよ日本は泥沼の戦争へと突入していきます。同時に鉄鋼需要が急速に拡大して工場はさらに拡張路線をたどりますが、一方で軍の監督も厳しくなります。昭和8年(1933年)日本刀鍛錬会が設立され、日本刀の原料として玉鋼の製造を依頼されたため、鳥上(斐伊川上流)に靖国たたらを建設します。靖国たたらでは終戦(1945年)まで継続して玉鋼の生産が続けられました。

その後、安来製鋼所は昭和9年(1934年)に戸畑鋳物(株)と合併、10年(1935年)に国産工業(株)に改称、12年(1937年)、(株)日立製作所と合併というように変遷します。

昭和16年(1941年)、当時の皇紀2600年を記念して和鋼の技術を後世に伝える事を目的として和鋼の博物館を作ることが計画され、資料の収集が開始されました。しかしこれが完成、開館の運びになったのは昭和21年(1946年)6月のことで、(株)日立製作所安来工場付属博物館として、東京帝国大学俵国一博士により和鋼記念館と命名され、開館しました。1956年には、日立製作所の鉄鋼部門が日立金属として分立したと同時に、和鋼記念館は日立金属(株)安来工場付属博物館となり、その後も和鋼に関する貴重な資料を収集、保管し、企業博物館として多くの人々に和鋼とその技術を伝えてきました。

和鋼記念館


和鋼記念館は、平成5年(1993年)に日立金属(株)より安来市に収蔵品とともに移管され、現在の「和鋼博物館」として継承されております。なお、収蔵する250点のたたら製鉄用具は重要有形民俗文化財の指定を受けています。

和鋼博物館


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